恋愛でも、親子でも、友人でも、職場でも――
誰かとの関係がうまくいかないとき、私たちはついこんなふうに思ってしまいます。
「どうして、私のことを分かってくれないの?」
「こんなに頑張ってるのに…伝わらない」
「私はこんなに気にしてるのに、あの人は気にもしていない」
そんなふうに、孤独感や虚しさを抱えてしまうこと、ありませんか?
でも実はその“すれ違い”の根っこには、
「愛し方の違い」があるのかもしれません。
愛は、誰もが持っているもの。でも“表現の仕方”は違う
私たちはみんな、誰かを愛し、大切に思い、自分なりにその気持ちを伝えようとしています。
けれどその“伝え方”は、人によってまったく違います。
- 「大好き」と言葉にする人
- 黙って家事をやってくれる人
- 心配のあまり、つい口うるさくなってしまう人
- 時間を一緒に過ごすことで、愛を感じる人
これらはすべて、その人なりの愛情表現です。
でも、もしその“表現の仕方”が自分の感覚と違っていたら?
「なんで何も言ってくれないの?」
「そんなこと、してほしくなかった」
「言葉じゃなくて、もっと態度で見せてほしい」
そんな誤解や不満が生まれてしまうのです。
「愛されてない」と感じるとき、本当は“気づけてない”だけかもしれない
たとえば、子どものころに親からたくさん叱られた経験がある人は、「自分は愛されていなかった」と感じているかもしれません。
でも、親にとっては「厳しくすることが愛情」だった場合もあるのです。
心配でつい口を出してしまったり、結果を出させたくてプレッシャーをかけてしまったり。
それが、その人なりの“愛のかたち”だったのかもしれません。
もちろん、だからと言ってすべてが許されるわけではありません。
けれど、ただ「分かってもらえなかった」と感じていた過去が、「そういう愛し方しか知らなかったのかもしれない」と思えたとき、
少しだけ心がほどけることもあるのです。
私も長く母との確執があったのですが、心がほどける切欠となったのは
母の生い立ちに目を向けるようになったからです。母は子供の頃そんな気持ちで生きていたんだ。
それを理解できたときに母に対する気持ちが大きく変わりました。私が愛だとは思えなかった行為は母にとっては愛だったんだ・・・
母との事はこちらにも書いています。
実は、自分に対しても“愛し方”が分かっていないことがある
この「愛し方の違い」は、他人との関係だけでなく、自分自身との関係にも当てはまります。
たとえば――
- 休まず頑張ってしまう自分
- いつも人の顔色ばかりうかがってしまう自分
- 弱音を吐けず、すべて一人で抱え込んでしまう自分
そんな自分を見て「なんてダメなんだろう」と責めてしまったことはありませんか?
でも実は、それも“自分なりの愛し方”だったりします。
誰かに迷惑をかけたくなくて我慢する。
周囲と調和するために気を遣う。
強くなろうと努力する。
そうして、自分を守るためにやってきたことだったのです。
だから、「こんな私じゃダメ」ではなく、
「よくここまで頑張ってきたね」と、自分に声をかけてあげてほしいのです。
視点を変えると、愛は見えるようになる
誰かとのすれ違いに悩んだとき、「どうしてこの人はこんなことをするんだろう?」ではなく、
「この人は、こうやって愛を伝えているのかもしれない」
「これも、その人なりのやさしさかもしれない」
そんなふうに、一歩引いて見てみてください。
そうすると、今まで気づかなかった愛ややさしさが、ふと心に届いてくることがあります。
そして自分自身にも、同じまなざしを向けてください。
どんなふうでも、あなたなりにちゃんと愛して生きてきたはずです。
愛はいつも、すぐそばにある
愛し方に“正解”はありません。けれど、「違いがある」ということを知るだけで、人間関係の苦しさは驚くほどやわらいでいきます。
愛は、なくなったわけではなく、
ただ、気づかれていなかっただけなのかもしれません。
あなたの目の前にある愛。
あなたの中にある愛。
どうかそのすべてに、あたたかな光が届きますように。
──運命を導く占い師 天音
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