誰も信じることができなかった私の過去

人生

子どもの頃から、私は親でさえも

信じることができなかった。

なぜなら、幼い私が「イヤだ」と

必死に抵抗したにもかかわらず

無理やり連れて行かれた病院で医療ミスに遭い

死にかけたからだ。

痛みや苦しみよりも、何よりも

深く刻まれたのは

「自分の意志なんて関係ない」

という絶望だった。

それ以来、私は人を信じることをやめた。

親が守ってくれないなら、誰も信じられない。

友だち?そんなもの、できるわけがない。

小学生時代は、クラスの中でも浮いていた。

人と距離を置き、必要最低限の言葉しか発さなかった。

そんな私の態度は、周囲にとっては「生意気」と

映ったのだろう。いつの間にか、私は標的になっていた。

机に落書きされるのは日常茶飯事。

持ち物がなくなることも

悪口が聞こえることも当たり前。

心の中では「別に痛くもかゆくもない」と

思い込もうとした。

でも、本当は怖かった。

このままではダメだ。

私は強くならなくちゃいけない

そう思った。

その瞬間、おもむろに椅子を持ち上げ

叩きつけた。

本当は苛めていた相手に

ぶつけたかったのだが

非力だったので届かなかった。

それからは一切

苛められることはなくなった。

そうか、戦えばいいんだ。

強ければ苛められない。

そして、中学から高校にかけて、

私はヤンキーになった。

ケンカもした。学校のルールなんて

関係ないと思っていた。

悪ぶることで、誰にもなめられないようにした。

そうしなければ、生きていけなかった。

でも、どれだけ強がっても

心の奥ではずっと何かを求めていた。

「本当に信じられるものって、あるのかな?」

大人になった今、あの頃の自分に会えるなら、こう言いたい。

——あなたは悪くない。

——頑張って生きてたね。

——信じることを諦めなくてもいいんだよ。

過去は変えられないけれど

未来は変えられる。

じっさいに私の未来は

大きく変わった。

あの頃の私のように、誰かが

孤独を感じているなら、伝えたい。

人を信じることは簡単じゃない。

でも、たったひとつでも「信じられる何か」

に出会えたなら、人生は大きく変わる。

そして、その「何か」は、意外と

すぐそばにあるのかもしれない。

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