感情を閉ざしていた私が、悲しみを感じたとき“なぜか嬉しかった”理由

スピリチュアル

はじめに:感情が「厄介」に思えるとき

私たち人間は、「感情」という素晴らしい機能を持っています。
しかし、それが時に“厄介なもの”に感じられることもあるのではないでしょうか?

喜びや愛しさだけでなく、怒りや悲しみ、寂しさなど――
ときに感情は、心を深く揺さぶり、私たちを傷つけることもあります。

私自身、かつてはその感情に向き合うことが苦しくて、心を閉ざしていた時期がありました。


魂にはない、感情という“特権”

以前もお伝えしましたが、私たちの魂そのものには「感情」というものが存在しません。
感情とは、肉体を持つ“人間”という形で生きている今だけが味わえる、特別なギフトなのです。

それは「この瞬間を生きる」ために、魂が自ら選んできた最高のツールとも言えます。

それにもかかわらず、私たちは日常の中で、つい感情を押し込めたり、見ないふりをしてしまうことがあります。


感じたくなくて閉じた心

私自身、幼い頃から何度も心が傷つく出来事を経験し、「これ以上は感じたくない」と無意識に心を閉ざしていきました。

特に「寂しい」や「悲しい」といった感情を、知らず知らずのうちに奥深くに押し込めていたのです。

その結果、たしかに“悲しい”と感じることは少なくなったように思いました。
けれど同時に、「嬉しい」や「楽しい」といった感情もまた、どこか遠ざかってしまったのです。

表面的には笑っていても、心の奥では何も感じていないような、無機質な毎日。
生きているはずなのに、まるで心自体が凍り付いてしまったような感覚が続いていました。


再び感情を取り戻した瞬間

そんな私に転機が訪れたのは、エネルギーワークを通して「自分の感情に気づく」という体験をしたときでした。

それはまるで、ずっと眠っていた感覚が呼び覚まされるような、不思議な時間でした。

そのとき初めて、「ああ、私、寂しかったんだ」「本当は悲しかったんだ」と、封じていた感情が溢れてきたのです。

NPO法人タマラアソシエーション
タマラアソシエーションは、タマラを世界に広めることで、希望に満ちて、より元気に自分らしく生きることを伝え、一人一人が本当の自分をみつける、人々の成長を促しサポートすることを目的として活動しています。

思い出した「悲しみ」や「寂しさ」そして「楽しさ」

驚いたことに、その「悲しみ」や「寂しさ」は、思っていたほど辛くはありませんでした。
むしろ、「やっと感じられた」ことに、どこかホッとしたような、温かささえあったのです。

抑え込まれていた感情が流れ出したことで、心の深い部分が少しずつ溶けていきました。

不思議なことに、それ以降――
かつて強く感じていたネガティブな感情が、以前ほど自分を支配することがなくなっていったのです。

それまで殆ど感じられなかった、喜びや楽しさがジワジワと自分の奥底から湧き上がってくるような感覚を味わっていました。

え~私、こんなに好きだったんだ。こんなに大切なんだ。それに気がつけたことがとても嬉しく、なのであれば、これからの行動を改めなければならないとも思いました。


感じることの先にある、癒しと自由

感情を感じることは、痛みを伴うこともあります。
でも同時に、それは“癒しの入り口”でもあるのです。

悲しみを知ってこそ、喜びはより深くなる。
寂しさを感じたからこそ、人の温かさに心が震える。

そんなふうに感情の奥にある本質に気づいたとき、私たちはもう一度、「生きている」という感覚を思い出すのかもしれません。

最近は人生が100年を超える方もたくさんいらっしゃるでしょうが、だとしてもたったの100年です。決して永遠ではありません。

確かに私たちは何度も生まれ変わりますが、今のあなたの姿で生きるのは1度だけです。今のあなただから感じられる感情もきっとたくさんある筈です。


まとめ:感情を取り戻すということ

もし、あなたが今「感情がわからない」「何も感じられない」と思っているのだとしたら――
それは、心を守るために閉じた扉がまだ残っているだけかもしれません。

大丈夫です。
少しずつ、ゆっくりでいい。
あなたの心が「もう感じても大丈夫」と思えるとき、自然にその扉は開いていきます。

感情を感じることは、魂を生きること。
どうか、その大切な感覚をもう一度、信じてみてください。

──運命を導く占い師  天音